赤蟻と黒蟻の壮絶な戦争

 紋別市についてすぐに通信。仕事はまず一段落。
 翌日の昼にはオホーツク紋別空港にワイフが降り立つことになっているので、空港や周辺のキャンプを下見してまわった。
 紋別もおろしや人が闊歩していた。カニとホタテの町。鉄道の駅がないので、どこが町の中心か判断しにくい。銀行を探して、小田原の賃貸新居の契約金を振り込んだ。8月20日から小田原市民となることが決まった瞬間を、この紋別というオホーツクの町で迎えた。
 キャンプ場はないかと紋別森林公園に行ってみた。クルマを降りてすぐ、歩道を歩いていくと、どうもアスファルト上の様子がおかしい。大きめで胴体の赤い見慣れない蟻がすごいスピードで道路を横断している。隊列を組んだ軍隊がいっきに敵陣に攻め込んでいるような様相だった。彼らが行き着く先には小さなゴミが黒々と路面を埋めている。よく見るとまるくなった黒蟻だった。ほとんどのやつは死んでいて動かないが、まるくなって苦しそうにぴくぴくしているやつもいる。死体を踏みつけ、瀕死のやつにトドメをさしながら赤胴の大蟻たちが前進している。
「マドカ、こりゃえらいこっちゃぞ」
 俺も興奮して、しゃがみこむ。
 よく見ると、赤蟻たちの進む先には黒蟻の巣があって、今、まさに赤蟻の先遣隊が巣穴の入口に到達したところだった。穴からは黒蟻が次々と出てきて周囲で壮絶な戦いをくり広げている。黒蟻は集団で赤蟻に噛みついていて防戦している。
「マドカ、ここみてみ!」
 今まさに一匹の赤蟻と黒蟻が一対一の白兵戦にのぞもうとしていた。
 息をのむ。組み付いた。素早い動きで相手の急所を狙う双方。だが15秒で黒蟻は腹を抱えるようにまるくなって瀕死になった。赤蟻は休む間もなく次の相手を探しに走りだした。
 こんな白兵戦がそこら中でくり広げられている。戦いの内容はだいたい同じだった。だいたい15秒でケリがつく。赤蟻はきまって相手の胴体と胸のあいだの細くなった部分を正確に狙う。動きにまったく無駄がない。それに対して黒蟻はただ応戦するのが精いっぱいという感じだ。勝つには集団で戦うしか方法はない。なのにほとんどが一騎打ちの白兵戦。赤蟻の死骸は数えるほどしかない。
「こいつ、戦い方を知ってやがる。軍隊アリだ」
「なになに?」
「戦争のプロだよ。他のアリの巣を襲って生きてるんだ」
「じゃ、悪いヤツだね。全部踏んじゃっていい?」
「だめだよ。こいつらだって生きてくためにやってる」
 マドカはただ傍観するしかできないことに強い苛立ちを感じているようだ。俺の目を盗んでは、小さい足で素早く赤蟻を殺している。高みから傍観する視点。関ヶ原の戦いを見守る神の目。よほどの奇跡が起こらない限り、赤蟻が黒蟻の巣を制圧するのは時間の問題だろう。
 ふと俺は、クルマのトランクから炭に火をつけるためのバーナーを持ちだしたい誘惑を感じた。神の業火が赤蟻の隊列を焼きつくす。俺は今、この蟻の大戦争に奇跡を起こす力を持っている。そして奇跡を起こさない力も。けっきょく横に建っている管理棟に人影が見えたこともあって、奇跡を起こさない方を選び、黒蟻は敗北した。
 あとでコンピューターにインストールしている百科事典で調べると、クロヤマアリとアカヤマアリの2種で、アカヤマアリは自分の巣で働かせるための奴隷を獲得するためにクロヤマアリの巣を襲ってサナギを略奪する奴隷狩りをするのだと書いてあった。