浜っ子ライダー、あわや火柱に

 家にもどると、今度はオートバイをオフロードに乗りかえて裏山のダートを走ろうということになった。一台はセロー、もう一台はトライアルのレーサー。
「これ、ウインカーないし、ナンバーもついてないけど」
「あ、いいんです。北海道は」
 キックペダルを何度も踏み込み、汗だくになりながらさわやかに言ってのける。エンジンにはなかなか火が入らない。混合ガソリンをつくって給油した。混合のつくり方もじつに大雑把である。浜っ子は細かいことは気にしないのだ。
 足が悪いのに、何度もキックをくりかえし、押しがけも試す。手伝おうにもキックは苦手である。ただ見守っているうちに、汗だくの彼がだんだん気の毒になってきて、裏山はまた今度でええんちゃうと、それとなく言ってみるが、いやいや、もうちょっとですから、とまたしても奮闘。
 セローの方も最初エンジンがかからなかったが、巨大なオートバイ用キャリアをつけたサーフのバッテリーに直結して始動。ただしアイドリングはしない。クルマの後ろにちょこんとオートバイをくっつけて走るという大陸的な発想にも驚いたが、このセローでスパイクもチェーンもつかわずに真冬の宗谷岬まで200キロあまりを夜通し走って往復したという話には参ったという気になった。
 やっとトライアル車のエンジンに火が入った。しかしエンジンがあたたまる前に止まってしまった。
「なんでかなぁ、今日に限って」
「ほんともうええよ。中で話をしよう」
「もうちょっとだけ」
 そう言ってタンクを振ったとき、
「あれ????」
 タンクの給油口がふたつある。ひとつは冷却水の補充口、もうひとつがガソリンの給油口。
「あ、あ、あ、あーー!」
 混合ガソリンを冷却水の方に入れていたようだ。
「ぼく、ふつうに酔っぱらってたみたいです」
 そう言いつつ、ガソリンを給油口に入れてさらにエンジンをかけようとする。さすがに本気で制止した。冷却水のかわりにガソリンが満たされているオートバイである。一歩間違えば、人間火柱だ。ところが彼は、いやーほんといいとこなんですよ。楽しいんですよ泥んこ道、惜しいなあ、残念だなあと言いつつ、まだキックをやろうとする。冷却液タンクからガソリンも抜いていないのに。
「今度はカチカチ山じゃ、すまないぞ」
 と俺がきつく言うと、
「燃えちゃってもいいんで、行きましょうよ。ほんとにちょっとだけでも」
 ほとんど気違いじみたまでの彼のサービス精神になかば感動しつつ、いやそうじゃなくって、遠慮している場合じゃなくて本気でやめさせないとと唇をきつく結ぶと、彼は残念だなあを連発しながら懇願するように、
「あのうー、30分だけ。30分だけなら」
「キャバクラじゃないんだから、30分とか1時間とかそういう話じゃないの! ほんとのほんとで死んじゃうよ」
「あはは、ぼくはだいじょうぶ」
「だいじょうぶじゃないってー!」
 鈴鹿サーキットにレース活動に行っていたオートボーイ鴻巣社長に電話し、事情を話す。
「聞いたことないほど豪快な話っすねえ。まあ間違いなく言えるのは、ガソリンはまず抜いた方がいいってことですかね」
 いかにも。
 ちょっとしょげた道産浜っ子ライダーと部屋に入った。残念そうに小さくなった背中を見て、俺はこいつが好きだと思った。残念がることなんてないのだ。泥んこ道を走るよりも最高に笑った愉快なできごとだった。インターネットという細い銅線を介して、7年間も人知れず紋別と千葉を結んでいた1000kmの交感に、ちょっとのあいだ俺は感じ入った。
 昼過ぎに彼らと別れ、オホーツク紋別空港に向かった。