台風一過でスカーッと行こで

 14号台風一過。
 朝、ベランダの先にひろがる相模湾を見ておしっこを漏らしそうになった。8月の台風一過のときの海はコーヒー牛乳みたいになっていたが、どうしたことか今日はエメラルドグリーンとさわやかなライトブルーが帯状に溶け込み、朝日を受けて無数の光輝をまたたかせている。まっすぐ水平線上には伊豆大島が淡いブルーを背景に影絵のような明瞭な線を描き、右手には真鶴(まなづる)が手をのばせば届きそうに見えるほど伊豆半島が近い。左手のゆるくカーブした砂浜の延長線上には三浦半島の緑がのびている。秋の匂いが潮風にまじっていて、何度も目をこすり、首を振った。あはーと何度もため息がもれる。目の覚めるようなブルー。
 小田原に来てからというもの、晴れていると昼間に仕事をするのが馬鹿らしくなるという危険な精神状態になっていて、つい追い込まれて夜更かしするものだから、ずっと寝不足だ。ここのところ台風のおかげで天気が悪かったのでまだよかったが、それでも朝刊が来るまでデスクに向かっている毎日。しかしそんなこと関係なく、今日という日はスカーッと行くしかないでしょう。
 一夜漬け程度に軽く塩漬けのドカティを整備し、開店直後のレッドバロン小田原へ。オイル、オイルフィルター交換をしてもらっているあいだ店内をのぞく。新車のドカティ・ボストロムがあった。俺のボストロムとは世界に155機しかいない兄弟。なんか里子の兄弟を見るような目になってしまう。
 よぅよぅ、おいちゃん、おいら買ってけつかれ。ごめんな、ワシ、金あんましちゅうかほとんどないねん。そんなこと言わんと、おいら●●番(シリアルナンバー)なんやで。ワシんとこ78番やわ、頭とケツの155番のゼッケンはとってしもたけどな。へえ、何番にするのん? ほんまは2にしよ思てるんやけど、おかんが、なんで2やねん、オトコなら1にせんか馬鹿たれ言うてな、今、気合と相談中で白ゼッケンの欠番や。ほか、ごっついおかちゃんやねんな。そやな、そやけど、おかちゃん金持ちじゃけ、いちお頼んでみたるわ。おおきに、おいちゃん、よろしゅな。
 とまあ、ほんとうに買い取ってやりたい衝動に駆られてしまう。少し安くなって200万を切っている。とはいえ、今どきこの下品なドカティに200万出すやつ物好きはいるだろうか。
 オイル交換を終えて、次は法務局へ。やっと小田原が本店記載となった登記簿謄本がとれたので、そのまま、メーンバンク三菱銀行に向かう。一番近くの三菱銀行でも平塚まで行かないとない。自転車で行きたかったが、ドカティもかなりいい感じだったし、そのまま国道一号を東進した。
 走ってみればあれだけ昔から伊豆には通っていたにもかかわらず、東名高速小田原厚木道路西湘バイパスといったメジャー路線が並走する激戦区のため国道1号は通ったことがないことに気づいた。
 低い屋根が軒をつらねる旧家と枝の屈曲した松が街道の両脇に並び、前と後ろに山、横に海、うわぁ〜東海道やんけぇ、マジ東海道やわぁ、なあキタさん、ッて湧き上がる歓喜。このままお伊勢詣で参ったろかと一瞬魔が刺したが、方向逆やんけ。しっかし、なんで今までこんないい道を通らんかったんかなあ。メジャーハイウェイに囲まれているせいか交通量もさしたることはなく、海風で地中海のように強い日差しとからっとした空気。地中海には行ったことないけど、今はここが地中海、ボローニャの空と海と目の前に俺を呑み込むストラーダ。イタリアンロッソにアメリカンスターの劣情ボストロム・ドカティもたまらず咆哮炸裂。あぁなんて楽し。
 平塚はデカい町だった。なんか都会にやって来たなぁって感じ。駅前の巨大な銀行で住所変更手続きを済ませ、帰途に。途中、気になる店に立ち寄ったり、郵便局に寄ったり、飯屋に寄ったり。昔の俺って走ったら止まらなかったよなぁ。なんか歯止めがきかずうらうら楽しんじゃってるが、台風一過だからいいよね。
 勢いあまってダイドースポーツクラブに寄ってスウィム1.8km。
 むぅ、家にもどって今度はチャリで伊豆半島に出撃したいところだが、娘が学校から帰ってくる時間だ。