L・ドーパをブチこんでくれ

 なあモナミ、風邪が悪化したよ。
 食材を買いに出た以外は家にこもりきりで、おかげで仕事が進んだ。風邪をひくか台風でも来ないことには、落ち着いて仕事ができない土地だよここは。それに仕事が進んだといっても、それは生業(なりわい)の話であって、ほんとうにやんなきゃなんないことは何ひとつ進んでいない。
 最後にブクと呼べるものを手にしたのは7月。北海道にむかう青函連絡船の中でドストエフスキー『悪霊』を読んだきり、まったくの一冊もブクを手にしていない。引越で、もともと少なかった蔵書のほとんどをまた捨ててきてしまった。捨てた方が脳がきわきわに貪欲になると思った。が、実際には脳みそもいっしょに置いてきちまったみたいだ。小学生だって課題図書かなんかでブク一冊ぐらいは読む。これじゃ牙を抜かれた米寿。なんだそりゃ。
 でもな、モナミ。こえーことに、そんなふうに思ってても、朝起きて、海がばーっと青くてきらきらしているのを見ると、うずうずして、いても立ってもいられなくなるんだ。麻薬。ほんとに。
 小田原に来てから3週間、エネルギーのすべてをオダワラに吸い取られてるよ。きれいに。
 一見、小田原を満喫しているように自分でも錯覚しちまうが、そのじつオダワラに飲まれている。
 小田原は地の気が強いとアミーゴが言っていた。歴史ある町、歴史に選ばれた町はみなそうであろう。だから、おのずと西に引き寄せられる。が、油断禁物、気に飲まれてしまう。
 ここはとにかくメンテナンスが愉快な地だ。オートバイのメンテナンス、チャリのメンテナンス、人間のメンテナンス・・メンテナンスだけで一週間などあっという間に終わる。メンテナンスは目的が介在しない分、鍛練よりも禅の精神に近いだろう。修行僧が毎朝、数百段の石段をていねいに掃き清めるのと似ている。しかしのべつまくなし石段を掃いてばかりで解悟できたという話は聞いたことがない。肉体、機材のメンテナンスは、つねに脳幹のメンテナンスとバランスできていなければならないように思うのだが、まったくもって今のメンテナンスには、乗り手不在のオートバイを磨いているようなケガレをどこか感じる。感じないか?
 エンドルフィンが枯渇している。いや、それ以前にドーパミンかな。脳のあちこちが潮風に赤錆びて軋んでいる。がたぴし。おい、このサッシ開かねーぞ。L・ドーパをブチこんでくれ。