放縦にして拘(かか)はらず

しかし、案外と彼ら、あるいは、業平(なりひら)は、旅の途上で、都から、恋人から、遠ざかれば遠ざかるほどいよいよもって募るその恋情を楽しんでいたのではあるまいか。とすると、それはすでに、和歌の世界であり、文学の世界となる。まさしく後世の漂泊者、放浪詩人の源流、原型とも言えた。「ものわびし」さや、「心ぼそくすずろなる」目を、歌物語の種、歌のすさびとしていたのではあるまいか。
(大星光史『漂泊俳人の系譜』)

 わが国における漂泊詩人の元祖、在原業平(ありわらのなりひら)。
 貴種流離、中央政界ではファーストレディーとの障害に満ちた恋道、地方に身をやつしてはあちこちで浮き名を流し、神に仕える伊勢斎宮の巫女との禁じられた恋。古今和歌集六歌仙でもあるスーパー遍歴男の業平の漂泊恋路は伝説となって『伊勢物語』として結実。
 この後、漂泊の詩人は、西行、宗祇(そうぎ)を生みだし、芭蕉、良寛、蕪村、一茶、そして近代の尾崎放哉、種田山頭火へ。後代の漂泊者たちが僧衣に身を包んだストイックな様相を強めるのに対して、元祖ナリヒラは放縦不拘で色恋一途なのである。

漂泊俳人の系譜 (SEKAISHISO SEMINAR)

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