燦然(さんぜん)ですか!

 今日は4km泳いだ。イッチョやったろやないけと悲壮に決意してのぞんだわけではなく、つらつら泳いでいるうちに、何となくそうなった。ここ数日の痔の悪化で出血が目にあまるようになり、現実を逃避したい気持ちもあったのかもしれない。
 さいきんは連日、タイミング悪く大盛況のアクアダンスレッスンの時間と鉢合わせで、トドのようなおばちゃんたちが音楽に合わせてくりだす波動ウェーブに翻弄されながら泳いでいた。昨日はそのピークともいえる状況で、知床マスの遡上のごとく水面を埋め尽くすおばちゃんたちで透明度は著しく低下し、右に左にダンスする群れの蠕動(ぜんどう)がときおり集団芸能でも見るかのように一糸乱れぬものとなり、その瞬間、短水路をざわつかせていた波は巨大なうねりと集約され、泳者らを容赦なく呑み込むのであった。
 老壮年スウィマーの多くは泳ぐのをあきらめて、うねりのおさまるのを待つ中、僕だけは嵐の海に漕ぎだす貪欲な漁師のように不敵にせせら笑いながら泳いでいたが、やっぱり何度も溺れそうになった。まあ、海で行われるトライアスロンも波があるはずだから、これもよき鍛練と自分に言い聞かせ、水を飲み、鼻をつんと痛めながら2kmを泳いだ。
 そんな苛酷な状況の翌日だっただけに、レッスンも波もない今日はじつに楽ちんで、さらにレーンを終始ひとりで使うことができたこと、隣のレーンに1.5km程度を連続泳している若者がいたことなどの好条件がかさなって、気がついたら3kmをイッキ泳ぎしていた。所要時間五十六分。
 3年前、プールで泳ぎはじめたころ、アイアンマントライアスロンの水泳競技コースが3〜4kmであることを知って、ぶったまげた。連続で泳げたのはせいぜい100mとか200mだったので、3kmというのは、ほんとイスカンダルみたいなものである。
 のちに3kmを何とか連続で泳げるなったとき、2時間ぐらいかかった。アイアンマンのトップ勢が40分で泳ぐことを知って、また、ぶったまげた。
 1時間で3kmという最終目標を掲げた時期もあった。ストイックであることは罪悪であると思うようになってから、ノルマとか目標とかを捨てたが、その後もつらつら享楽的に泳いでいるうちに、こうして何となく達成してしまった。
 やっぱりうれしかったので、そのままビート板にしがみついてバタ足。歓喜が落ち着くまでやっていようと思ったら、さらに1kmもバタバタしていた。
 最近、頼んでもないのに僕のタイムとか距離を計測してくれる老男老女らがいて、顔を合わすと、あいさつしたり、他のスウィマーを威嚇してコースをつくってくれたりと何かと世話をやいてくれるのだが、さっそく嗅ぎつけた、というか測っていたらしく、口々に「さんぜんですか、さんぜんですか! さんぜんのあとにまたやるんですか」と興奮した口調で言っている。燦然(さんぜん)ですか、そう、燦然。
 チャリで家に帰って、シガア(葉巻)を吸った。