享楽な修練では友だちもできないのか

 ひさびさにスペイン製チョッパー(ORBEAオルカ)を稼働させた。
 修練を怠っていたわけではない。冬場の山岳修行は苛烈すぎて敬遠がち、どうしても平地戦と水上戦が中心になっている。
 ところが真冬だというのに、平日休日を問わず小田原では、山岳修行に向かうらしきロードレーサーが数多く通過する。ハートに火をつけられないわけでもないのだが、どちらかというと、そこまではついてけん、という気持ちだ。
 なかでも、すぐ近所の中華料理店主のピナッレロ・ドグマ氏にいたっては、連日、山に向かっているのを目撃していて、もう、あなたにはマイりました、という感じだった。わが修練、しょせん享楽の域を出ていない。
 そして日曜日、ついに石垣山でピナッレロ・ドグマ氏に話しかけられた。
「いつもここ走ってますよね」
「はあ。最近、さぼってますが。あなたのこともよく見ます。毎日、箱根行ってるんですか?」
「冬場は無理ですね。ここ(石垣山)が多いかな」
「やっぱ実業団ですか?」
「ええ、めざしてます。今年は乗鞍で優勝するつもりなんで」
「国内最高峰ヒルクライムレースの?」
 初対面の人間にいきなり乗鞍で優勝するつもりと宣言するとは、やはりちょっと変わった男のようである。年齢は同じぐらいだろうか。僕の同年代は、へんに熱くてちょっと変わった人が多いのが特徴である。昭和44〜45年生。
「ひとりでやってると、煮詰まっちゃってねぇ」
 僕のことはよく見かけていただけに、いい練習相手にならないかと前々から気になっていたようである。さて、いっしょに走りだした。
「ここって、箱根よりキツくないすか?」
「平均勾配12パーセントですからね。でも距離が2kmで短いから」
「何回ぐらい往復するんです?」
「今日は3本目」
「げえっ。3本??」
 こちらの息がだんだん切れはじめる。自転車は何台持ってるのかと訊かれ、
「はあはあ、さ、はあはあ、さんだい、はあはあ、ですね、ぜえはあ・・」
「僕も3台」
 訊いてほしそうなので、声を振り絞る。
「ぜ、はあはあ、ぜんぶ、はあはあ、ロード、はあはあ、なんですか?」
「決勝用にタイム持ってます」
 んじゃ、ドグマは練習用かい! ボロボロに使いこまれたドグマ。それでも100万近い自転車である。タイムは100万を越えるだろう。
 スパッと僕を抜いた彼はしゅるしゅるしゅるっと軽快な立ち漕ぎで急勾配を上っていった。体の位置が変わらない素晴らしい立ち漕ぎだ。
 死にそうになりながらゴールに着く手前、彼は「んじゃ、仕事ありますでー!」と手をあげて下って行った。すぐ50mの近所だと自己紹介したばかりで、30秒も待ってくれればいっしょに帰れるのに、こいつと走っても意味ナシと切り捨てられてしまったようだ。帰っても吐き気と貧血のような症状がおさまらなかった。
 ここまでやって、やっと小田原で、近所に友だちでもできるかという瞬間であったが、現実はなかなか厳しいものである。
graph:id:cippillo:石垣山登坂時間
石垣山登坂時間
graph:t:自転車