戦争は楽しかったねぇ

いやぁ戦争は楽しかったねぇ。(by 居酒屋大学酒蔵のオヤジ)

 ワイフが送別会で帰りが遅いというので、夕食をつくるのをやめにして、娘と大学酒蔵に行った。
 歩いて2分もかからないところにある居酒屋である。
 吉野家みたいなコの字型のカウンターに90歳のオヤジ(おとーさんと客から呼ばれている)が立っていて注文を受けている。奥の厨房には孫夫婦が裏方をやっていて、オヤジは客から受けた注文を奥に向かって大声で復唱するのが、おもな仕事だ。
 そのほか、ガラスケースにはあらかじめオススメの刺し身類が準備されていて、
「おとーさん、五月イカ!」
 と頼むと、あいよ、と2秒で出てくる。
「熱燗!」
 と言うと、あいよ、と、即座にでっかいとっくりでコップについでくれる。
 いつだったか、店名の由来を訊ねたとき「酒は人生の大学だ」と言って笑っていたが、この大学の下校時間は早い。
 地元客ばかりで、午前9時には閉店する。
 しかしそのあいだ、おとーさんはずっと立ちっぱなしである。膝は痛くならないのかと訊いたら、南方戦線から北方戦線に大陸を移動したときの話になった。武器や荷物を背負って、部隊は毎日40キロ以上歩いた。
 終戦後、帰国への道のりは長かった。帰れぬ戦友もいた。その年の暮れ、昭和20年12月23日深夜、おとーさんは生家である大学酒蔵の前に立った。静まりかえった扉の前で、荷物をいっぱい背負ったまま、おとーさんは背筋を伸ばし、じっと敬礼をしていたに違いないと私は思った。正面のテレビが秋田の小学生殺人事件を報じていた。
 おとーさんは目をちょっと細めて言った。
「戦争は楽しかったねぇ」