リサを追ってチャリ3着

 トランジットはわりとスムーズに行えたが、サングラスのレンズが脱落。
 どうせ雨が降っていたし、そのままサングラスなしで走りだした。トライアスロン専用に用意した新鋭機は雨のレースデビュー。
 じつは、ぎりぎりまで大会主催者側は、チャリコースの危険性から、大会中止にするかどうかの判断がつかない状態だった。豪雨とはいえ、くそ〜走らせちくりぃ・・祈るような気持ちだったところを見ると、大島とは大違い。やはりハングリーな獣になっていたということだろう。
 さて、チャリはいきなり登坂がはじまった。よろよろ登っているチャリ数台を、よろよろとパス。あとでワイフが言っていた。
「今日のコースは、おとーさん向きだったね」
 確かにそうかもしれない。通常、トライアスロンのコースは比較的、平坦だ。登っているか下っているかのどちらかの八尾のコースは、毎週箱根チャリ登坂している私にとって、幸いであった。が、ドロップハンドルの選手がほとんどだった理由も今になって分かった。通常、トライアスロンではDHバーという空気抵抗の低いハンドルをつけるが、この大会にかぎっていえば、DHバーが禁止なのではないかと思うぐらい、ドロップハンドル車が多かった。コースが分かっていれば、私もドロップハンドルのORCAで来たと思う。
 延々とつづく急坂。前方に、ぽつりぽつりと選手が見える。こっちも止まりそうな速度で、なかなか近づけない。私が駆るのは重量の重いTTチャリ*1だ。焦らずマイペースで登坂。
 すると、パスしようとしたひとりの選手が必死で食いついてきた。TTチャリに登坂で抜かれるはずがない、という気迫だった。反射的に振り切りたくなるところだが、心に厳しく言いきかせ、徹底してマイペースを守った。ほどなく、背中に貼りついていた息づかいが消えた。後ろは見ない。
 結果的には、折り返し地点までに20機ほど抜いた。
 しかし、肝心のリサがいない。
 すれ違った復路の選手は4機。こちらは下りでスピードが出ていて確認できなかったが、リサもこの中にいるはずだ。
 折り返し後3キロほどの長い坂で2機捕捉。リサか、と思いきや違った。(あとで分かったが、じつはこれがリサだった) 抜いたら、一機が追いすがってきた。(これがリサだった) 落ち着いてマイペースを保つ・・と、思ったら、カシャーンと、エアボンベ脱落。ほとんど爆弾投下に等しい。なんせこのボンベ、危険物として飛行機には積んでもらえないそうだ。
 後ろで何か声がしたが、拾いにもどる余裕はなかった。これがリサと知っていれば、もちろん拾いにもどったでしょう。万難を排して。そして見つめあい、譲りあったでしょう。ありえない。
 残る行程は、最後まで単独走。先行する2機とは4分ほどの差だと、沿道で応援してくれている人がおしえてくれた。
 4分差。短いスプリント・ディスタンスでは致命的なタイム差である。一応がんばったが、残りの短い距離を考えると、チャリで追うことは事実上、不可能なタイムであった。
 トランジットエリアに入るとき、ちょうど、ひとりがランに出て行くのが見えた。
 が、私は焦らない。大島では、3着でチャリを終えた興奮で、何もかも手順を忘れて痛い転倒を喫した。反省が生かされ、今回はチャリを走らせながら慎重にシューズのベルトをはずし、足を抜く。脱いだシューズはペダルについたままで、シューズごとペダルを踏んでチャリ下車ラインをにらむ。大島ではできなかったワザ・・シューズを脱いだ状態でペダルをこいだ。あぁ、これこれ! これがやってみたかったんだよなぁ! これがトライアスロンだよなぁ、と感慨にふける。




 場内アナウンスが、さかんに私のことを言っている。放送で間違いなく3番手で帰ってきたことが分かった。
「39番イチハラ選手、この選手は、おとーさんです。おとーさん、笑ってます!」
 と、笑っていますをくり返し強調するアナウンス。自分では笑っているという自覚がない。他の選手もまだ来ないので、アナウンサーはやることがないのか、私の一挙一投足がつぶさに実況されている。
 娘とワイフも叫んでいるのが見える。笑ってないで、トバせ! とか言っているのだろう。
 しかし私は落ち着いてSIT、すわりこみ、足の砂をていねいに取って、ランへとスタート。
 落ち着いたつもりが、ゼッケンを破いてしまった。ぶらぶらで走る。グローブをはずし忘れて、自分のカゴに放りなげた。
 このとき走りだす方向を間違えて、妻子の罵声がとんだ。




写真:ハゲを撮りたかったわけではありません。この人、リサ・ステッグマイヤー女史のSPらしく、終始、ぴったりリサを護衛して走っていたそうです。リサのトランジットをのぞきこむ大会委員長までも、追っ払うんだから、このSP、ただ者ではないと見た。本気で走ったら、たぶんこの人が優勝でしょう。


*1:高速巡航用のチャリ。重量は重いが、空力効果にすぐれ、トライアスロンでも使用度が高い。反面、重量やハンドル形状から、登坂に弱い