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おしっこ神さま

詩的断章

 なんでおいらがおしっこの神さまなんかになったんだって?
 あんましひとには話したこともないけどさ、まあ、どうしてもっていうんだったら話さないでもないけど。かんたんにいうと、おしっこの神さまだし、これというなりてがいなかったんだな。
 神さまったって、いろいろある。山の神さまは山ごもりとか滝うたれとか、たいへんな修行を九百年ぐらいやってても、まだ神さま見習いみたいのだって、わんさかいるよ。神さまどうしがケンカをしたり、いやみをいったりなんてのもけっこうあるしね。とんでもなくえらい神さまは別だけど。でもそんな人はおいらの見たところ、めったにいないな。
 やっぱり、にんきがある神さまの修行はたいへんみたいだね。そんなところの方が、人間関係っていうのか神さま関係も、なかなかすさまじいみたいだよ。きいた話だけど、たとえば外国の神さまになりたいやつなんかは、むずかしい外国語のテストを五十ばかしうからなきゃならなくて、百年そこらでぽんとうかってしまう人もいれば、九百年もずっと神さま浪人している人もいてね、やっぱりそうなると人間関係っていうか、神さま関係もむずかしいんだね。
 そこまでして、どうしてみんな神さまになろうとするのかって? これはおいらの考えだけど、神さまってのは、あんまりたくさんいてもありがたみがなくなってしまうからじゃないかな。神さまの種類によってもちがうけど、種類ごとに神さま委員会みたいなところがあってね、としよりの神さまたちが百年にいちどの合格者の数を決めてるんだな。神さまになるチャンスってのは百年にいちどきりなんだよ、知らなかったのかい? なのに、よほどのことがないかぎり神さまには引退っていうものがないし、年をとればとるほど、なーんにもしなくたって、えらくなっていくのが神さまの世界だからね。
 いや、そうでない神さまもいるよ。おふろの神さまに、サカエさんっていう人がいるんだけど、この人なんか、ほんとに見ているだけで好きだな。もう二千年ぐらい、ずっとおふろの神さまをやっているおじいさんなんだけど、すこしもえらぶったことをしないんだ。ほんとうはすごくえらい神さまなのにね。でもサカエさんみたいなのは、めずらしいほうじゃないかな。じっさい。
 なんでそんなことになっているのかって? そりゃきっと、もう何万年もそんなふうにやっているからだろう。何万年もまえからの神さまだって、げんえきの神さまなんだから。
 そうそう。おいらのやってる、おしっこの神さまはね、小さな子どもがおしっこができるように、おしえてあげるんだよ。小さな子どもってやつは、オムツをはずすのがこわいんだ。まったく知らない海にむかって、たったひとりでこぎだすようなものだから、こわくってあたりまえだろう。なのにおとなからは、いろいろいわれるしね。だから、おいらはそんな子どもたちが、ちゃんとひとりでおしっこができるように耳もとで、オーライオーライっていってあげるんだよ。
 たったそれだけだって? そりゃそうだよ。それがおしっこの神さまのだいじなしごとなんだからね。なんてったって、トイレの神さまには、いじわるなやつも多くてね、まあ、かろうじてテストにうかって神さまになったからって、やけにいばっているやつばっかりだよ。そのくせ年に一回の神さま会議のときには、下のほうの席でちっちゃくなってるんだな。有名な神さまにおべんちゃらなんか使ってさ。
 もちろん、おいらは、おしっこの神さまでよかったと思ってるよ。たしかに、なりてがいないぐらい、にんきのない神さまだけどね、オムツのとれなかった小さな子どもが、オーライオーライっていわれて、ちゃんとおしっこができるようになるのを見るのは、いつだってさいこうだよ。
 ほんとうは神さまがひつようなところは、ほかにも、いっぱいあるんだ。でも、みんなそんなところにはてんで興味がないんだな。お金の神さまとか、戦いの神さまとか、そんな有名な神さまにばっかりお熱でね。そんなもんだよ。
 わるいけど、あっちで子どもが泣いてるから、もう行くよ。あの子はおいらじゃないとダメなんだ。じつはおいらの、おとうとでね、マツオっていうんだ。母おやってひとが、子どものしつけにはきびしいひとでね。おいらもむかしはいろいろ苦労したよ。それでも、やっとひとりでおしっこができるようになったときは、うれしかったな。
 けど、いくらなんでも、ちょっとうかれすぎちゃったみたいでね。むかしっからお調子ものだったんだ。おいらってやつは。ひとりで、おふろンなかに落っこちて、ちょっと運がわるかったのもあってね、まあ、そのまんまになっちゃったわけ。
 あんときは母おやにはわるいことしたな。ああ、ママって呼ばないのはね、神さまになると、親とかきょうだいとか、あんましつきあっちゃいけないんだ。規則でね。そんなふうに決まってるんだよ。それはおいらもなっとくしてるよ。だって、いざってときに神さまが、ママ、ママ、なんていってたらサマにならないからね。まあ、母おやって人がずいぶん泣いてね。おいらがおふろに落っこちたときの話さ。あんまり泣くもんだから、ちょっとばかしおいらも泣けてきちゃってね。あれにはまいったな。神さまなんてものになろうと思ったのも、そんなところもあったかな。ああ、なにも、きみが気にすることはないよ。
 さあ、もうおいらも行くよ。行かなきゃならないんだ。
 マツオもおいらの年をおいこすぐらいになったし、そろそろママを安心させてやらなきゃならないしね。今はおしっこがだいじなんだ。マツオはいいやつだぜ。きっと大ものになるよ。おいらにはわかるんだ。はやく、ひとりでおしっこができるようになるといいな。
(おわり)
Chihiro Ichihara, Copyright 2000