あまりにも、やぶさかでない

 前編で「DNSの危機」と書いた。
 危機、というぐらいだから、読んだ人は「きっとなんだかんだいって、ちゃんとスタートして完走したんだろう」と予想されたことと思う。僕ももちろん、完走はともかく、スタートぐらいはして、でもなんだかんだいって、ぐだぐだ言いながら完走しちゃうんだろうな、ぐらいに思っていた。
 大会当日の朝。目覚めて、お互いの顔を見るなり、指さして吹きだす家族。
 みんな顔が壊れ。僕の顔はむくんで二重のまぶたが、ひさびさの一重に。(昨夏の珠洲トライアスロンのスタート前以来・・) 皮膚の下に毒素みなぎる。
 朝食のときワイフが言った。
「言ってもやるんだろうけど、でも、やめる勇気っていうのも時には必要っていうよね」
「うん、それ、大会の参加要項にも書いてあった」
 味噌汁をすする。沈黙。おそるおそる訊ねるワイフ。
「やめる勇気、わいてきた?」
「それについて考えていたんだけど、やめることに対して、じつはまったくもってやぶさかでない。ここまでやぶさかでないっちゅうのも、どうかと自省しているところ」
 大会のスタート時刻。僕たち一家は、じつにやぶさかもなく、奈良公園で鹿とたわむれていた。
 ワイフも娘も一家まるごとDNS(ドゥーノットスタート)。というより、会場にも行っていない。なんせ奈良公園だ。
 娘の頭にはご当地グッズの鹿ツノのカチューシャがのっている。
 そして、マラソン大会参加者たちが一生懸命走っているとき、われわれは伊勢湾岸高速のパーキングで、強風に翻弄されるスリリングな観覧車にうち興じていた。
(まだ、つづきとオチあり。後編につづく)