高橋尚子、小田原に現る??

 日曜日早朝。五時半に起きて、一家で近くのサイクリング公園に行った。
 ワイフは8月末の手賀沼トライアスロンにリレーのランパートで出ることになったので、特訓開始である。
 インターバルトレーニングには1周回1.6kmのクローズドコースはもってこい。と、思ったが、最初からこの距離は厳しいので、内側の1周700mのショートトラックで4本のインターバルトレを実施。ペースメーカーとして僕は伴走。娘はそのあいだ、ひとりで外周をチャリで3周+ラン1周させておいたら、最後は泣きべそかいていた。
 ワイフの方は1周回目はキロ4分40秒ペースからはじめて、2周回目は4分50秒ペース、3周回目は5分ペース、4周回目は5分10秒ペースで、残り100mは4分ジャストのペースでしめくくった。各2分間のインターバル。もう、完全にへろへろになって倒れんばかりのワイフ。
「おとーさん、さすがアイアンマンだねー。息してないもんね」
 いや、息はしてます。
「汗かいてないもんねー」
 いや、汗かいてるよ。
 そのとき。さっそうと、いかにも本物、という感じのアウラを放った女の人がコースインしてきたかと思うと、みごとなランニングフォームと揺るぎないペースで外周を走りはじめた。
 1周回、2周回、3周回、4周回・・機械のように正確な足運びは崩れず、周回ごとにペースがどんどん上がっている。
 走り方が高橋尚子に似ているね、とワイフと話していたが、5周回目にはどうみてもキロ3分台のペース、しかし、まったく呼吸音が聞こえてこない。ハイブリッドカーみたいに足音だけ、すたすたすたすた。
 腕の振りが小さく、少し直立した不動の背中、やや内股気味のコンパクトな足運び。
 おまけに目深にかぶったツバの長いキャップに、少しうつむき加減。
 もうこれは間違いなく、高橋尚子でしょう! と、ワイフと興奮。高橋尚子は千葉の方が拠点だったはずだけど、何かで小田原に来ているのか? ひとりで走っているのは、お忍びか?
 近づいてきたときに、顔を見ようと待ち構えていると、顔を伏せてしまった。
「口もとはキューちゃんだった!」とワイフ。
「うん。キューちゃんっぽかった。しかも、口、閉じてたぞ!」
「口のまわりに、ほくろもあった。間違いない」
「顔見られないように、伏せたし」
「うーん、キューちゃんだなあ」
「うん、キューちゃんだ」
 練習の邪魔にならぬよう、オッカケ行為はやめにして帰還。帰りがけ、7周回目の彼女の後ろ姿を橋の上から望遠で撮影できた。(しっかりオッカケだ)
 画像分析班に依頼してみたところ、本物の高橋尚子の後ろ姿との比較では、姿勢と足の蹴りだしの角度は類似しているものの、脇の開き具合の角度が、決定的に異なるとの見解。残念ながら高橋尚子ではないようだが、それにしても、すごい走りと迫力だった。
 おまけの話。マックで朝食をとったあと、家までの3キロをワイフがすごいペースで走りだした。
 さっきまで「これが4分台の走りだ〜」と厳しく指導したら、「え〜ん!」と、へろへろになっていたのに、別人のように軽やかな足どり。へたなコーチの指導より、高橋尚子ダミーの本物の走りのイメージが焼きついたか。
「お、おかーさーんっ、・・ずっと、よ、四分台ですよー!」という僕の叫びを置き去りにし、ワイフはさらに加速。
 冗談かと思ったが、ついていけなかった。結果的にちぎられた。
 合計14キロ。