「父さんは今日で父さんを辞めようと思う」
春休み最後の日、朝の食卓で父さんが言った。
私は口に突っ込んでいたトマトをごくりと飲み込んでから「何それ?」と言って、直ちゃんはいつもの穏やかな口調で「あらまあ」と言った。
徹底して心地よい空間がある。
自殺、事故死、トラウマとそれに起因した家族のしこり、わだかまりが軸になっているのに、キャラクターが透明感の高い「いい人」ぞろいなので、その世界は心地よい。心に少しだけ問題を抱えた「いい人」たち。声を荒げもしないし、暴力、性も慎重に排除された世界である。
ヒロインの中学生から高校生までの学校生活も織り交ぜられていて、みずみずしい。
兄の彼女の小林ヨシコの設定、役割が異色で秀逸。キャラクターの中で、唯一、悪っぽい外面と毒を持つ存在。しかし毒は毒でも良薬であったりする。やさしすぎて、お互いに気を使いすぎて少し壊れてしまった家族には、「救世主」的な毒なのである。
総じて文学としての去勢感は否めないものの、読後は自分の心まで清らかになったかのようなクレンジング効果の高い物語。
デビュー作は坊ちゃん文学賞を受賞した『卵の緒』。やはり心のクレンジング効果は保証。
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