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『19分25秒』 引間徹

マラソンでも事前に余力を残して三十五キロ走れれば、ほぼ完走のめどが立つという。逆にそれ以上長い距離を走るのは、疲労がたまって練習計画に支障を来たすのだそうだ。「もう少しやりたい、と思ったところでやめておくんだ」フィールドの芝生に腰を下ろして、足を伸ばしながら男は言った。
「努力する勇気より休養する勇気の方が大切なんだ。オーバーワークで涙をのんだ選手なんてわんさかいる。自己満足なんだよ。『これだけ練習を積んだんだ』っていう達成感に酔ってる。

 学生のときに同輩に勧められて読んで以来の再読である。
 一から十まで競歩を題材にした小説だが、読後、激しく歩きたくなって夜の町に飛びだした若かりし日の鮮烈な印象が残っている。
 確か芥川賞候補にまでなったと記憶しているが、当時はなぜこれが芥川賞をとれないのか義憤さえ感じたものだった。
 十何年ぶりに読み返して、とれなかった理由が分かる気がした。
 才気が走りすぎている。物語性を追いすぎている。ちょうど、この競歩の物語自体が、才能と、追いかけてくるものとの闘いであるように。
 しかしながら、走る、歩くということに経験を積んだ今、あらためて読み返してみても、ディティールの正確さは舌を巻く。
 この小説のおかげで、僕のなかでは今でも、マラソンよりも競歩の方が上位のスポーツである。いや、競歩はもっとも孤高で崇高なスポーツだという印象さえもっている。
 タイトルとなった「19分25秒」・・これは5kmを歩くタイムである。今だと、この数字の意味がよく分かる。全力で走って、やっとそのぐらいだ。
 試しに5kmを全力で歩いてみた。32分かかった。それでも、本番のレースなら何度もフォーム違反をとられているはずだ。競歩は陸上競技で唯一、フォームの正誤を問われるスポーツなのだ。
 苦しくて苦しくて、気がつくと、膝が曲がり、蹴った足が宙を飛び、フォームが「走り」になってしまう。走るって、こんなにラクだったんだ、と思いしらされる。いつか、競歩の大会に出ることになるだろう。
 その前に、本屋で競歩の本を探しているあなたと会えるかもしれない。
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19分25秒 (集英社文庫)

19分25秒 (集英社文庫)