紅葉盛りの嵐山でマス釣り

 寝台急行「銀河」は午前六時半過ぎに京都駅に到着した。
 嵯峨野線に乗りかえて数駅、JR嵯峨野駅で降りる。京の町を取り囲むような低山の紅葉が錦のようでみごとだ。
 西日本でも最高といわれるマス釣り場(管理釣り場)が3.8kmの場所にある。歩こうと思ったが、荷物があまりに大きいのと、山の上の釣り場だと聞いていたので、タクシーに乗った。
 しかし年輩の運転手の反応は訝しげである。
「釣り場ですか?」
「有名なとこと聞いてますが」
 釣り場の名前を告げると、
「有料道路の中やけど、ええのん?」
 タクシー代に有料道路代。まあ近いからいいだろうと思っていると、タクシーはどんどん走る。じつはあとで地図を見ると、クルマが通れる道はぐるっと迂回して有料道路を通っていくしかなかった。
 有料道路の料金所に着いたが、ゲートが閉ざされていた。
「おかしいなあ。釣り場はもうオープンしてるはずだけど」
 と言うと、運転手さんが料金徴収員にかけあってくれ、通してもらった。自動車専用道路なので、歩行者も自転車もいない。開門前でクルマももちろんいないので、運転手は山道を飛ばしに飛ばした。
 クルマを持っていない人はどうやって行くのだろうかと思って訊いてみると、
「わしらが中学生のころは、自転車でふもとまで行って、歩いて釣りに行きましたがな。そのころは池もただやったし」


 それにしても窓の外は右も左も凄絶なまでの紅葉。
 この歳になって、いまさらカエデの紅葉ぐらいで驚くこともないと思っていたが、ここのカエデの赤は目に突き刺さるような色で、その自然離れした端然さに目をみはった。
「ここって、紅葉すごいですね。今年は箱根も色づきがいまいちで、今年は紅葉はもうあきらめてたんですけど、思いも寄らないところでラッキーでした。」
 ミラーに映る運転手の顔が怪訝に歪んだ。お客さん、なんも知らんで来たん?
「釣りに来たんで。有名なとこなんですか、やっぱり?」
「今年は一週間遅れてですね、嵐山は今日がいちばんなの。世界中からここの紅葉をめあてに人が集まってくるで。ほら、小倉山」
「ああ、鬼で有名な」
 緑から赤へのグラデーションのカエデがあった。コンピューターで緻密に計算されたかのような完璧なグラデーションだった。ここまでくると、自然というよりどこか人の手さえ感じさせる美。人の目に育てられ、褒めたたえられて育った美なのかもしれなかった。いや、人ではなく、鬼の御技かとさえ真剣に思わせた。


 タクシー代と有料道路代で4000円かかったが、めまいするほどの光景を貸し切りで楽しめたから、と自分を慰めた。釣り場の池のまわりも紅葉がみごとだった。
 思ったほど寒くもなく、桟橋の上から紅葉を見ながら半日を過ごした。



 そういえば、この日はマス釣りをはじめてちょうど一周年の日だった。最初に釣れたのが、一年前のちょうど同じ日に最初に釣れたブルックという魚だったので、そのことを思いだした。
 魚影は一度も見えず、ライズもない。底狙いでそのあと四時間で七回バイトがあり、五尾あげた。
 かなり厳しい釣りだったが、前日に三島で釣りまくったおかげで、感覚が冴えていた。
 帰りはバスで市内まで降りた。
 嵐山駅近くの通りは、観光客があふれかえり、人力車や舞妓さんまで歩いていた。


 阪急線で大阪まで移動し、天満橋のホテルに投宿。大学同窓四人と合流し、キャバクラに行った。
 大阪の女の子はかわいいなあと感心しあっていたのだが、何のことはない、彼女らは島根の益田出身ということだった。