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富士〜興津宿(バトルツアー東海道五十三次)

 5月末、始発電車で富士駅をめざした。
 しかし車中で貧血を起こし、トイレに駆け込んだところで気絶。覚醒したときは、ちょっとしたパニック。自分がどこで何をしているのか、というか、自分という認識も定かでなく、揺れに揺れる狭い個室。なぜか自分は護送されている捕虜なんだと思ったり。気絶すると、いつも戦争の中にいる。前回気絶したときは(献血カーの中でだ)、ベトナム戦争の傷病兵士になっていた。
 そんなこともあって引き返そうとも思ったが、外の空気を吸っているうちに少し気分がよくなってきたので、富士駅からランニングをはじめた。やっぱりというか、走るにつれて体調回復。回してないと止まりそうになる、古いレーシングマシンのエンジンみたいだ。


 富士川を渡ると、常夜灯跡がある。往時は富士川をはさんで両岸に、こうこうと光を放っていたのだろう。
 さてここからは幹線道路を離れて旧道に入る。旧道への入口はかなり分かりにくく、地図とにらめっこをしながら試行錯誤。しかし雰囲気のいい道だ。後ろを振り返れば富士。


 高速道路にかかる細い橋を渡ると、まもなく蒲原宿である。ここ蒲原から由比宿までは、街道の情緒豊かな町並みが残っている。





 由比をすぎると幹線道路をいっしゅん歩き、すぐにまた脇道にそれる。時代から取り残されたような倉沢集落。江戸人になったような気持ちで、いよいよ難所「薩埵峠」に向かうのだという気合も高まる。

 東海道五十三次の最初のハイライトが箱根峠だとしたら、次の大きな山場は薩埵峠(さったとうげ)であろう。広重の五十三次でも「由井(由比)」として描かれているのは宿場ではなく、峠の方である。

 プロ・アマ問わず、写真家には有名な撮影スポットでもある絶景ポイントである。広重の描いたころと変わらぬ景観と、高速道路と鉄道といった現代の構築物のバランスが、まさに時代を収束したような印象をもたらす。夕景を撮影すれば、高速道路のクルマの光が、白と赤に弧を描く帯となって情緒深い。
 薩埵峠の前後は遊歩道となっていて、駿河湾に突きだした断崖に張りつくようにのびる土の道を踏みしめる。


 峠越えがおわると、興津川(おきつがわ)。次の宿場、「奥津(興津)」として広重も描いたスポットであるが、今は国道1号バイパスの橋脚によって海はのぞめない。

 写真の右手に見える建物は清水健康ランド。駿河湾を眺めながらの温泉とさくらえびを堪能でき、宿泊もできる現代の興津宿である。写真はしらすと鯵の駿河丼。



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