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島田宿〜掛川宿(バトルツアー東海道五十三次)

東海道53次走覇

 箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川


 いよいよ今回は「越すに越されぬ」の大井川越えです。

 ギネスブックにも載っている世界一の木造橋である蓬莱橋もあります。牧ノ原台地の茶畑が対岸に広がり、美しい橋。地元のお茶農家の人も渡っているそうです。ただし賃取り橋です。
 さて東海道バトルツアーには今回からワイフと娘も参加。折りたたみチャリを1機用意し、ワイフと娘が交替で並走します。
 川越えは幕府公認の渡しのプロといっしょに渡ることが法律で決められていて、勝手に渡ると犯罪になります。
 輿(こし)に乗って渡るか、プロに肩車してもらって渡るか、プロのあとをついてぞろぞろと歩いて渡るか、これは身分や経済力によります。

 この情緒ある町並みは、川越えをするにあたり、待機する町です。大水のときなど、ここで何日も足止めを食らうことになります。
 さて、現代のわれわれは橋を使いますが、ワイフからは泳いで渡るんだよねと言われ、ウェットスーツを着て泳ぐか悩んだのですが、すみません、ふつうに橋渡りです。


 大井川を越えると、対岸側の待合の宿場があります。

 身分の高い女の人は、こんなふうに渡ってたんですね。ふつうの女の人は人足に肩車してもらいます。
 金谷の町から台地状の起伏をいくつも越えることになります。石畳の道も残されていて、雰囲気はありますが、チャリはたいへんです。担いで登坂です。

 石畳茶屋。


 ひとつ台地を越えると、次の台地が。あいだの低地にあるのが菊川の宿場。

 ここからは、万葉の時代から旅人を泣かせてきた小夜の中山峠。といっても、山ではなく、やっぱり台地。山とちがって台地なので見晴らしがききます。見通しのきくまっすぐな道で延々と坂がつづくと、なんかやるせない気持ちになってくるんでしょうか。


 まっすぐな道でさびしい  種田山頭火


 まさに、こんな感じです。道端のところどころに万葉の時代からの小さな歌碑があり、どの歌も、みんな泣き言ばっかり。うちのタフな女性陣も、完全にへこんでます。





 長い台地越えがおわるところに、日坂の宿場町がありました。今はバイパスの下に隠れるような集落ですが、かえって当時の雰囲気を色濃く残しています。クルマだと、おそらく通り過ぎたことにも気づかないでしょう。



 日坂を過ぎると、だんだんと住宅が増えていき、やがて掛川城のお膝元の市街地である掛川に到着しました。



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