平常心は難しい

 計画性のない計画停電にひっかきまわされている。未曾有の事態だし、東電の人もがんばっているんだし、だれが悪いとか責めたりするのではなく、ただ静かにぼやく・・これぞ平常心・・と思っていても、深夜に行政放送が鳴り響き、住んでいる地区が早朝から計画停電の対象になったというから、早起きして備えていた。ら、こんどはテレビの発表で時間がずれたという。
 停電では仕事にならないし、ハイエースの方には予備電源を積んでいるので、どこか電波の入る見晴らしのいい高台にでも行って仕事しようとクルマをだしたら、なんか妙な渋滞が頻発している。
 何ごとぞやと思っていると、ガソリンスタンド前がすべて渋滞。数百メートルの車列でごったがえしている。バスは通れず、右から左から人や自転車やクルマが入り乱れる。むむ、こういうときこそ超然と平常心・・と思おうとしたが、ハイエースは乗りはじめたときからガソリン残量警告灯がついていて、ちょっとビビった。
 しまった・・仕事なんかしようと思わずに、突き抜けた平常心で朝寝でもしておくべきだった、と後悔するも、通りすぎるガソリンスタンドが次々と在庫切れの手書き看板をだしている。
 あわわわ、こらあかん・・なさけなくも平常心を失なってしまい、なるべく田舎の方へとクルマを走らせ、見つけたガソリンスタンドの給油待ちの車列についた。

 がらがらの道なのに、ガソリンスタンドの前だけに数百メートルの車列。異常な光景である。ガソリンは危機的状態ではないはず。なるべく東北の方にまわしてあげるべきときに、おまいら何をやっとるんだ、と思ったら、給油を始めてから原因が分かった。
 となりのレーンに入ってきた男、給油開始後、わずか数秒で満タンの音。それでもしつこく、すりきりいっぱいに入れようと、カチッ、カチッ、を十回以上やっている。気が狂ったみたいにカチッ、カチッ、を繰り返している。もう完全に平常心を失なっている。
 家にもどろうとしたが、渋滞に阻まれ、なるべくガソリンスタンドのなさそうな田舎道を選んで走っていると、まるで誘われるように小さな湖にでた。家から30分ぐらいのところにある震生湖である。
 家にもどっても停電だろうし、それに先刻はつい平常心を失なうという醜態をさらしてしまった。ここはひとつ鷹揚にへらぶな釣りでもしてこましたろと先日のへらデビューからハイエースに積みっぱなしの竿をだした。

 これぞ平常心。
 僕の平常心に引き寄せられたのか、あひるがいっぴき寄ってきて、ちょっと小馬鹿にしたように、じいーっとウキを見ている。まもなくガーガー、と完全に馬鹿にしたような声をだして去っていった。ちょっとむかっときたが平常心。
 そしたらウキがずぼっと動いた。あわせたら、竿が根もとから弓なりに。と、そんなときにかぎって携帯の緊急地震速報が。

 いま、自分の平常心が試されている。
 短竿なので、何度も竿ごと持って行かれそうになりながら格闘し、やっと引き寄せてみると、鯉のように黒ずみ、体高もみごとな尺べらであった。ビギナーズラックもいいとこである。
 釣れると思わなかったから、まだ玉網を買っていない。マス用の網はもっていたが、水面にとどかない。とりあえず引っぱりあげて写真でも撮ってやろうと思ったが、でぶすぎて上がらない。水面に半落ちになりながら、下におりて腕をのばし、かろうじて水中で釣り針をはずした。針がのびていた。


 この震生湖は、なまえのとおり、関東大震災による土砂崩落でできた湖。
 不思議な因果を感じた。
 家にもどると、近所の人に停電がくるかもといわれた。
 計画停電の終了時間にあわせて帰ってきたはずなのに・・時間が2時間ほどずらされたみたいだとのことだった。