『肩ごしの恋人』 唯川恵

だいたいるり子は誰よりも自分が大好きな女だ。自分が大好きな女ほど、始末に悪いものはない。 女はいつだって、女であるということですでに共犯者だ。 直木賞受賞作。米倉涼子、高岡早紀主演でドラマ化。 オス化した女と、自分の欲望に忠実なメス女のふたり…

『睡眠障害〜眠りのメカニズム』 伊藤洋

アイアンマン遠征のときも、最大の悩みは不眠症。これは、ほんとにつらかった。 読んで思った。また読んでしまった。 睡眠に関する本は、不安から定期的に読んでしまう。毎回、結論はほとんど同じである。 睡眠は、1日や2日なら、とらなくても心配ナシ 眠…

『19分25秒』 引間徹

マラソンでも事前に余力を残して三十五キロ走れれば、ほぼ完走のめどが立つという。逆にそれ以上長い距離を走るのは、疲労がたまって練習計画に支障を来たすのだそうだ。「もう少しやりたい、と思ったところでやめておくんだ」フィールドの芝生に腰を下ろし…

『甲野善紀 身体から革命を起こす』 田中聡

そして、この強烈な筋緊張をともなう行為を行なうときの努力感が、自分は有効なことをしているという満足感をも生み出す。その努力こそが有害なのだとは、人はなかなか思いにくいものだ。ある程度までは実際に有効なのだから、なおさらである。 「努力感中毒…

『真鶴』 川上弘美

かたちあるものに欲情することは、少ない。少なくなった。 よろこびにつながることもあるし、えぐられるような寂しさにゆきつくことも、そしてどんなところにもゆかず、ただそこにぽかりと浮かぶばかりのこともある。どちらにしてもそれを欲情と名づけただけ…

『幸福な食卓』 瀬尾まいこ

「父さんは今日で父さんを辞めようと思う」 春休み最後の日、朝の食卓で父さんが言った。 私は口に突っ込んでいたトマトをごくりと飲み込んでから「何それ?」と言って、直ちゃんはいつもの穏やかな口調で「あらまあ」と言った。 徹底して心地よい空間がある…

『独白するユニバーサル横メルカトル』 平山夢明

タイトルにパワーを感じて読んでみた。 怒濤の圧力で腐臭が噴出する文体とディティール。激しい汚穢の世界に、しかしどこか癒しにも似た救いを感じてしまうのは、これがフィクションであるという安心感からなのか、そう感じるほどに現実の事件に疲弊している…

『父の詫び状』 向田邦子

<「真打ち」と絶賛されたエッセイの最高傑作>と評されたエッセイ。 ドラマの台本で、家族の朝食のメニューとして「ゆうべのカレーの残り」と書いて、現場の撮影スタッフや出演者を感動させたことは向田邦子の伝説のひとつになっている。そんな人の書いた最…

『素数ゼミの謎』 吉村仁

アメリカで周期的大発生する13年ゼミと17年ゼミ。 なぜ、12でもなく15でもなく、13と17なのか? 古生物学、数学を駆使した「数理生態学」。素数のもつ不思議な性質が、古代のセミを絶滅から守った。 素数ゼミの謎作者: 吉村仁出版社/メーカー: 文藝春秋発売…

『あ・うん』 向田邦子

嬉しい時、まず怒ってみせるのが仙吉の癖である。(向田邦子『あ・うん』) 昭和から平成にかけて日本が失ったもの。 父、母、戦友。 古いはずなのに、いまもって新鮮。 何千本ものラジオ・テレビの脚本で鍛えられた向田邦子の文体もまた、トップアスリート…

もう浩介のバカ

「へんな生き物」の続刊の新聞広告。 ありえない。 「うれしはずかし原色ポスターつき」とある。何がうれしはずかしなのか。そしてちりばめられたハートといい、バレンタインのお返しに! というコピー。ほんとか。 本を読んで照れあう若い男女の写真まであ…

見くだしあう愛

許しあって、油断しあって、ほんのすこしばかり見くだしあって、 ひとは初めて愛しあえるんじゃないだろうか。 (『ニシノユキヒコの恋と冒険』川上弘美) だんだん許せなくなって、油断を越えて惰性になって、もう徹底的に見くだしあって。愛。 ニシノユキ…

究極の小型カメラ

小田原という町は、お堀ばたを抜けてスーパーに買い物に行ったり、葉巻を物色しに商店街を逍遥したりするだけでも、思わずカメラを向けたくなる場所にあちこちで出会う。とっさに撮影できるよう400万画素の携帯電話つきカメラを持ち歩いているが、かなりよい…

寝床は花のように汚れて

先ごろ、皇籍を離れて降嫁した清子さまが卒業文集に記したとして安西冬衛の一行詩が話題になった。 てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた。(安西冬衛『春』) 皇籍を離れ決然と人界へひとり旅立つ気概を早くに先取していたかのようだ。しかしいくら決然と…

魔女裁判

魔女裁判のあとをふり返ってみて、しみじみ感ずることは、魔女裁判(いや、それを含めて宗教裁判一般)を一貫している「モラルの倒錯」である。そこでは、残虐、違法、偽善、欺瞞、貪欲、不倫、軽信、迷信、歪曲、衒学、・・およそ思い浮かべられる限りのあ…