わが家を見ながらタイを釣る

 家の前の海。まいにち見ている海だが、今日はまったく違うものに思える。
 昨日の早朝、初めてここで漁をした。
 同じ集合住宅に住むカヤックフィッシングの先達に連れて行ってもらったのだ。連れて行ってもらったといっても、船を出す場所までクルマで5分である。
 家の前なのに、なぜこれまで初出漁まで何年も遠まわりをしなければならなかったのか。
 じつはこの一見、穏やかに見える海がくせもので、潮流が早く、出艇ポイントは巨大テトラに囲まれて流れが複雑、かつ外海に出る前に大波ポイントを足早に抜け出さねばならないとうい難易度の高さが障壁となっていた。


 この日も見た目は穏やかだったが、午前4時半、先達と下見に行った。まあ5分だからね。
 先達の目は厳しかったが、
「うん、行けるでしょう」


 いったん家にもどり、トライアスロン用のウェットスーツと救命胴衣、釣り具をまとめる。
 艇は2人乗りのシットオントップ・タイプのカヤック
 駐車場から重量30kg、長さ5m近い艇を波打ち際までふたりで運ぶ。彼とは月初にお神輿の担ぎ手としても3日間ともに過ごした。重いものを担ぐと、つい神輿担ぎの感覚が蘇って「おいさー」「おりゃさー」と小田原神輿のかけ声が出る。一部、国道を急ぎ足で抜けるところでは、神輿飛び(国道を閉鎖して突っ走ること)の「おーりゃおーりゃ」のやり声。
 浜辺に降りる階段では、「よいとー」(神輿を肩からおろして下手で運ぶときのかけ声)。
 われらが居神神社の大神輿は、宮出しも宮入りも長い石段を上り下りするから、息もぴったりである。


 海に向かって漕ぎだし、入り江で波の状態を見ながら浮かんで待機。先達の合図で、「おーりゃ、おーりゃ」と全力で漕ぎまくり危険ポイントを抜けた。
 巨大防波堤を抜けると、視界がひらけた。

 横を振りむけば、わが家が見える。登校前の娘に電話しようか。海を見てごらん。おとーさんが見えますか。


 最初にアジが釣れた。5cmもあるインチクという日本伝統の漁具に食らいついていた。アジがこんなに凶暴な魚とは思わなかったが、引きも強くてなかなか上がらず、もしやカンパチでも来たかと期待していたので、アジの姿にちょっとがっかり。しかし先達は、このアジは早川漁港でも「釣りアジ」として高値で取り引きされている貴重な魚だといって、しきりに感心していた。

 二尾目は、こぶりなマダイ。スーパーでまいにち見ている魚だが、こんなにきれいな魚だとは。

 三尾目は、なんと高級魚のマゴチ。先達もここで釣れたのは初めて見たそうだ。ビギナーズラックとはおそろしいものである。彼の釣った大型のカサゴ2尾をあわせれば、今回の漁獲はなかなかのものである。


 それにしても腕がひどい筋肉通だ。
 潮の流れが速く、ちょっと釣っては漕ぎもどり、釣っては漕ぎもどり・・。気がつくと数百メートル流されている。こんなところをひとり漕いでいたら涙も出なかっただろう。ましてや泳ぎで、なんて想像もできぬ。
 今、見ている海は昨日と同じ海のはずだが、そこに見えない川がいくつも見える。