原爆の近さ

照りつける8月の太陽は、海の匂いのする7月の無邪気な光とは異なり、どこか戦争と原爆と日航機事故の影をはらんでいる。
死者を迎えるお盆とかさなるせいもあるだろう。

「日航機事故から28年」という新聞の見出し。
昨年の8月は27年だったし、その前は26年だ。あたりまえなのだが、実感としては、自分の記憶に鮮烈な事故から10年、せいぜい十数年程度しか経っていないように思える。それぐらい記憶に刻みついている。

事故後28年がピンと来ないのは、戦後68年という年月がぴんと来ないのと同じような感じだ。
ただ、鮮烈すぎてピンと来ない28年に対して、戦後の68年の方はあまりに遠すぎてピンと来ないという根本的な違いがある。
戦争も原爆も生まれたときから、ずっと遠い過去の出来事で、今なおピンと来ない。
しかし、あることに思いあたって愕然とした。
僕が生まれた年、つまり1970年は原爆投下後25年。日航機事故よりも近いではないか。
モノクロだった原爆の映像が、とつぜんカラーになって目の前に立ち現れた瞬間だった。