コンタクト業界のマトリックス

 ものすごくたくさんのコンタクトレンズを買い替えてきた。
 ものすごくたくさんのバッグも買い替えてきた。
 バッグを買い替えてきたのは、僕が「入れて運ぶモノ」の機能と相性を納得いくまで追求していることと、運ぶ状況が刻々と変化(オートバイ用のナビ対応バッグをチャリに使うわけにもいかないし、カメラ機材用バッグでランニングするわけにもいかない)しているだけで、しかしワイフに言わせればもうじゅうぶんに重度のバッグマニアだからということだが、コンタクトレンズは別にこだわっているわけではない。
 単に目に合わないのである。
 強度の近眼と乱視、いびつに歪んだ巨大な眼球、かわきやすく敏感な角膜。コンタクト屋さん泣かせな罪な目のせいだ。
 ハードもソフトも使い捨ても、煮沸タイプ(懐かしい)も、おもりつきも(いつも決まった場所が下になるように、おもりつきのコンタクトレンズなんてものもあったのです)、いろいろ試したがだめ。いっそコンタクトなんてやめだと何度も思ったが、例えばトライアスロンでは、水中メガネとサングラス(風と虫よけ)をつけかえるので、コンタクトなしでは、ほとんど原野に放りだされた盲人である。
 それが3年前ぐらいに、ついに出会えたのです。
 メニコン・トーリック2WEEK! 拍手。
 最高の3年間だった。今までひどい目にあっていた電車での居眠りなど余裕こんこんなばかりか、女の子の家でうっかり眠りこんでしまったガビーンな朝も目もとさわやかトーリック2WEEK。
 2〜3ヶ月に1度ほど、きまった店から送ってもらって、快適なコンタクトライフを過ごしていたところが、先日届いた箱には「メニコン」ではなく「チバビジョン」と書いてある。
 チバビジョンは乱視用ソフトでは定評のあるメーカーだが、例のおもりつきモデルをはじめ、僕には合わなかった。
 メニコンさまさまだったのに、なぜ、どうして、説明もなく。でも箱には何ごともなかったかのように、「トーリック2WEEK」と同じ商品名。
 よもやメニコンチバビジョンに買収されたかと思ってインターネットで調べるも、その気配なし。
 メニコンホームページにも、チバビジョンホームページにも、特に情報なし。
 メニコンは新たに1ヶ月タイプの乱視用ソフトを発売していたし、チバの方はあったりまえのように、ふつうに「トーリック2WEEK」を商品ラインナップに入れている。
 た、たしかに3ヶ月前に送ってもらったときは、メニコンだったはずだ。
 メガネ屋に電話するのがこわかった。
「どうしたんです、市原さん。昔からずーっとチバビジョンですよ。あははは」
 と言われるのが、こわかったのだ。
 メーカーに電話しても、きっと、
「そのような事実はどこにもございませんが。あははは」
 またしても、あははは、だ。電話を切ったあと、担当から電話は上層部につながれ、当局へ。
「だいじょうぶだとは思いますが、こいつ、気づくかもしれませんね」
 誰も何も気づかず平穏な毎日。当局者の目配せ。そして僕は社会からあとかたもなく抹消され、家族も友人も何も知らない何も変わらない毎日をおくるのだ。あわわマトリックス。
 で、今日おそるおそるつけてみた。
 いつもと同じで何もなかった。何ごともなかったかのよう振るまおう。