地震予知的中で引越支持率アップ?

 なんだか自分だけ逃げだすような感じで後ろめたい気がして黙っていたが、今回の突然の移住の要因に地震への強い怖れがあった。2005年に入ってから家族には「もうぼく、限界かも」と訴えつづけてきた。移住を初夏に決め、おんぼろアパルトメントをこよなく愛する俺だったが、今回に限っては鉄骨造と築年数の浅さにこだわった。不動産屋にも地震に関することをあれこれ訊いて、今回の物件を決めた。
 俺にはなぜか地震をおおざっぱに予知する力があるらしく、それはたぶんミミズとかネズミが電磁波のゆがみなんかを感じて「なんだか耳いたくねすか?」とか言いあって騒いでいるのと同じ原始レベルの野生センサーにすぎないとは思うが、昨晩はひどく疲れていたにもかかわらず、ほとんどまともに眠れなかった。娘も同じだったようで、ほぼ一晩中、足をぐいぐい突っ張ってきたり、むにゃむにゃ寝言を言ったりしていて、なんとなく逃げだしたいような衝動に襲われ、でも明け方にうとうとして。起きたら、すぐにワイフに言った。
「やばいわ。タイムアウトかもしれん」
「なに?」
「引越。間にあわないかも。地震」
「くるの?」
「うん。なんか眠れんかった」
 今まで、地震の夢というかたちで予見していたので、なんだか自分でも嘘くさいなあと思っていたが、今回は意味もなく眠れないぐらいだったし、これって地殻の変動で電磁波とかが、うにょーってなって、俺の繊細にして野卑なる脳波に干渉して、ミミズだったらとりあえずわーって方向も考えず逃げだすところを、ミミズよりは少しばかり階層のある脳がために、地震の夢みたいな映像になって、つまり直感的には地震だわって分かってて、でもせっかくの直感を左脳パルスの妨害で不感症みたいになってしまっているのが、今回に関しては眠れないぐらい脳波乱されているわけだから、こりゃそうとういかんことになっとんのかなあとか、つらつら布団の中で考えていた。
 昼直前、法務局に昼休み前の駆け込み電話をして、会社登記変更のあれこれを訊いていた。娘は隣で友だちと電話していた。強い揺れがきて、がんがらがっしゃーんと物が落ちる音がした。娘が電話を切った。俺も予知のことがあるので、電話を切ろうと思ったが、法務局の男は、
「株主総会の決議をしていただいて、議事録を松戸用の申請書に添付していただきます。(がしゃーん、ぐらぐら) 小田原用にはOCRの登記用紙がありますので、印鑑登録といっしょに(水槽からたぷたぷ水がこぼれる・・俺はもう上の空)・・」
 あまりの冷静ぶりにたまりかねて、
「あのぅ、地震、すごくないスカ?」
「ああ、こちらの建物はだいじょうぶです」
 そんなはずはないのだが、法務局だけあって、揺らいではいけないのだろう。
「ちょっと、ウチ、やばそう」
 娘が目で逃げようと言っている。
「それじゃ、あとでまた電話してください」
 ありがとうって表に出たら、路駐のクルマがゆっさゆっさ揺れていた。
 部屋にもどると、ワイフから電話があった。余震を警戒していたが、とりあえず数時間たった今も特に動きはない。この程度で終わってくれるならありがたいことだが、俺の中の野生は、まだ逃げろと言っている。・・と思っていたが、夕刊の一面にM6.7、宮城で震度6弱とあった。今回の予知はこれで「済」マークかもしれないが、やっぱり俺の中の山羊飼いはホルンみたいな笛を鳴らしつづけている。