神経系でパーツ欠品

「それは手術でも治りませんね」
 担当の医師が言った。僕の軽率さのことではない。顔の左半分の神経。
「ずうっとこのまんまなんすか?」
「まあ、たいていの人は慣れちゃうみたいだから」
 顔の左半分が痺れたままなのは、転んで頬骨を骨折したときに、頬骨の小さなくぼみから出ている神経束の一部を損傷してしまったせいだという。神経束はササミのチーズ、あるいはカニカマスティックみたいな感じで、いくつものフィラメントが束になっている。ばしっと全部切れてしまったら左半分の感覚はまったくないだろうし、この場合はお茶を飲むときなど、温度を確かめてから唇にもっていくようにしないと自分でも知らないうちにヤケドをしてしまう、そんな状況になるらしい。見るものが二重になったり、口を大きく開けることができなかったり、損傷の箇所と程度によって障害も変わってくる。
 僕は顔の左半分がずっと麻酔から覚めないような感じだが、
「ばんっと当たったとき、どこのとこがパツって切れたかだけの違いですね」
 という医師の言葉に、またしても「打ちどころ」だと思った。人生は打ちどころひとつで暗転も変転もするが、打ちどころは自分では選べない。
 神経が助からない以上、手術と2週間の入院は、言ってみればカオのためだけ。眉の下、目の下、側頭部、口の内側を切開し、棒で陥没した骨を引っぱり上げる。チタンのプレートとボルトを二ヶ所埋め込み、固定する。これで約4mmから7mm頬骨が再生する。プレートをはずすのにも全身麻酔の手術と2週間の再入院が必要になるので、多くの人は埋め込まれたままで生活しているという。
 1970年製の旧型レーシングマシンも神経系でパーツ欠品がでた。残りの人生で、少しずつ、こういった欠品が増えていくのだろう。そしてどれひとつとして自分では選べない。記念というわけでもないが、折れて曲がったフレームも、補修せずにこのままでもいいか。
 手術、入院のつもりで乗りこんだが、この日はいったん留保して病院を出た。付き添いで会社を休んだ妻と穴子を食べ、家に帰った。