日常ランディング

 仙台港に午前9時半入港。
 東北道、磐越道、常磐道と走り、午後2時に松戸に着いた。
 清涼としたマリモの阿寒湖からいっきに灼熱の首都圏、松戸の日常への着地。ひっぺがされたようなハードランディングであった。
 まずは実家のガレージで積載物の降荷作業、自転車の整備に1時間。ポケットに入れた煙草の箱がずるむけになるほどの汗。しかし蝉の声が心地いい。アスファルトに水をまくと夏の匂いだ。
 実家からすぐの自宅アパルトマンにもどったら、まず、匂いに驚いた。いろんな生活が調合された不思議な匂い。うちはこんな匂いだったんだなあ。
「うちってこんなに広かったっけ?」
 テント生活、せいぜいよくてバンガローをつづけてきたあとでは、オンボロのアパルトマンもあまりの快適空間に贅沢とさえ感じる。しかし熱い。熱帯魚水槽が34度。よくぞ死滅しなかった。メンテナンスに10分。マドカもせっせと用品の後片づけをしている。言われなくても自分で考えて何かをするようになった。ゴミ袋を洗って物干し竿に干したり、ちょっとやることはピントがズレているが、北海道に行く前にはなかったことだ。
 洗濯物をまとめ、洗濯機に放り込んだ瞬間、安堵感が広がった。北海道キャンプ生活では、洗濯が最大の問題だった。洗濯機の確保がまずもって難しいし、毎日の雨と低温で湿ったものが乾かない。ホテルに泊まったときなど、チェックインするなり洗濯室を探す俺を見て、ワイフは驚いていた。
 それにしても部屋が汚い。女が1週間ひとりで生きていくと、部屋は獣の巣のようになるのだ。床に散らばった長い髪の毛は、猛獣の気配さえ感じさせる。汗まみれで部屋に掃除機をかけた。
 この間、はすむかいのガソリンスタンドで洗車と室内清掃を依頼し、湿ったダニだらけの寝袋3つを干し、たまった仕事に手をつける。通信環境のよさに感激!! これならいくらでも仕事できるじゃん。テントの中、車中でのパソコンはじつにしんどかったし、通信エリアを探して放浪するのも、かなりの時間を使った。業務ファイルをダウンロードするのに30分なんてこともあった。ここなら1分もかからない。
 こうして午後8時までに、ほぼ完全に日常への着地を完了。
 何の違和感もない。旅行ボケもない。マドカも淡々と遊んでいる。今回の北海道旅行は、日常の延長と位置づけて10日間を過ごしてきた。だから20年住んだこの町にもどってきても、人生旅程の一投宿のように思える。あと2週間もすれば小田原への大本営移動だ。部屋を見まわすと余計な物があれこれ目につく。出発前は削れるところまでぎりぎりに削った気でいたのに、まだまだ削れるところはある。
 30分後、空路で釧路から帰還したワイフが松戸着。地元の居酒屋で遅い夕飯と祝杯。
 彼女は彼女で釧路空港が視界不良で着陸に2回失敗し、けっきょく女満別空港に降ろされたり、いろいろ難儀してきたらしく、話をする顔も輝いていた。ころあいをみて俺は、マドカと相談していたことをワイフに持ちかけてみた。
「うちの布団さあ、あれ、いらないと思うんだけど。寝袋、ちゃんと干しといたから」

●走行:383km
●食ったもの:フェリーいしかり号の朝食バイキング、バナナ
 
●10日間の全走行:3303km
●平均燃費:12.1km