富士スピードウェイでチャリ100kmマラソン

 午前3時半まで仕事をして就寝。
 5時半、携帯電話で目が覚めた。
「いまどこですか?」
「あ、寝てました。すぐ出ます」
 ワイフと娘とともにインプレッサ1.5にORBEAオルカを積み込み富士スピードウェイにむけて出発。この日、サーキットを22周する自転車100kmマラソンにNKロケッツのメンバーといっしょに出場することになっていて、その試走が午前6時からだった。
 下道で35km程度。7時前に富士スピードウェイ着。
 F1規格にリニューアルされたばかりの壮大なサーキットでの自転車レース。試走してみると、前半は長い下りで、ペダルを漕がなくても60km/h近くでる。その分、後半は勾配8%の厳しい上り坂。同じ試走で走る人たちの脚力も機材も半端じゃなくレベルが高い。
「なんか、みんなのゼッケン、ぼくらのとちゃいませんか」
「タテとヨコと、ふたつついてるし」
 俺たちのゼッケンはひとつだ。
「ゼッケンにスポンサーの名前入ってる」
 俺たちのゼッケンには「フレンドシップ・サイクリング」とある。
「フレンドシップとも書いてないし。フレンドじゃないんでしょか」
 フレンドではなかった。彼らは実業団。そもそも11時スタートのレースで試走が午前6時からというのがおかしいと思っていたが、この日は実業団のレースが併催されていて、彼らの試走に混じってもいいですよ、という意味だったのだ。
 実業団のレース、全日本ユースレースとが行なわれ、そのあとにわれわれのフレンドシップな100kmマラソンがスタート。300台以上の自転車がひしめく。危険防止のため、競輪のように先導車がついてのローリングスタート。先導車から白いフラッグが振られたときにスタートとなるが、いつ旗が振られるかは分からない。およそ2kmを時速35km/h前後でじりじり走る。下りが終わり、いよいよ上りにさしかかろうという直角コーナーで、スタート前だというのにいきなり多重クラッシュ。俺の隣のやつが巻き込まれたが、ぎりぎり回避。もう超ラッキーと、どきどきしていると、白旗が振られているではないか。このタイミングで振るから、てっきりスタートやり直しの合図かと思っていたら、周りがどんどん加速。マジですかマジですかと坂を上る。先頭集団を維持して2周目に。

 5周目にさしかかるメインストレート、前が開けた。知らないうちに先頭に。2秒後、抜かれた。30.2km地点まで先頭集団に食いついていたのだが、ここがヘヴィスモーカーの悲しみ、坂をのぼりきりメインストレートに入った途端、ふくらはぎ硬直。スポーツ選手ふうにいえば肉離れだが、スモーカーの本音でいうところでは、
「いてててー。あし、つったー」
 と、1kmのロングストレートをまったく漕ぐことができないまま慣性だけで走行。ほとんど止まりそうな速度で痛みに耐える。しかもピット入口は過ぎたばかり。オフィシャルに頼んで、何が何でもとりあえずピットに入れさせてもらおうと思ったが、下り坂になってしまい、やむなく惰性で走りつづけた。
 そのまま何とかだましだまし走り、徐々に足の調子ももどってきた。
 しかし今度は70kmを経過したところで猛烈な空腹。補給食を入れるべきポケットには煙草とウィダーインゼリーがひとつ。しかもスタート前に半分飲んじゃってる。しぼりだすように残り半分を胃に流し込むが焼け石に水。
 残り2周のところで、恐れていたハンガーノック。もう動けない。気力だけ、というが、動かないものは動かない。残りのスポーツドリンクをすべて胃に入れる。甘味が腹にしみて美味い。
 食いたい食いたい食いたいを連発しながら、頭のなかは食べることだけで、あと2周、とにかく2周で食えると力走。人生でここまで食い物を切望したのははじめての経験だ。
 最後のストレート。おとーしゃーん、がんばれーと娘の声援に、スタンディングでスパート・・するも、3回濃いでおわり、あとは惰性でゴールラインを抜けた。
 ああやっと食える、やっと、やっと。と思って、よろよろとピットから駐車場に行くが、誰もいない。む、無料配布のチョコバナナがあったはずだと、ヨロヨロと大会本部テントに行くと、あったはずのチョコバナナのテントがない。
「あ、あの・・チョコばな」
「ごめんね。終わったよ」
 駐車場にもどった。クルマの鍵は閉まっている。金もない。タイヤによりかかってポケットを探ると煙草がでてきた。一服すると、そのまま気を失なった。
 おとーしゃん、おとーしゃん。暗闇の遠くから声がする。ああ戻らねば、娘が呼んでいる、と目を開けた。
「食い物。とにかく食い物・・」
 大会が終ったあとで、NKロケッツ女子部キャプテンのみみちゃんに言われた。
「マドカちゃんの声がすると、どこにいても、ぜったい反応するんだよね」
 どんな状況、どんなに多くの声のなかでも、娘の声に忠実に反応して加速する父の条件反射に驚いていた様子だった。