しぶせん

 高校のバドミントン部の同輩が小田原来訪。
 旧友との会話は、十何年も脳の奥にしまいこまれたままの引き出しを、アルコールに浸しながら発掘していくような作用がある。次々とお互いの引き出しが開かれ、それらの相互作用でさらに奥の引き出しが開発されていく。
 しかしどうしても、ひとつだけ思いだせないものが残った。先輩のアダナ。
 本名は判明。容姿や行動なども鮮明に思いだしたのに、アダナだけ思いだせない。だいたいこういう意味のアダナだったというところまでは分かって、ほぼ外堀、内堀は埋まったのに、あと一歩のところで本丸に迫れない。
 翌朝、ふたりで海を見ながら娘のつくった握り飯を食っていたら、
「そういえば、<キザ>っていうのがつかなかったっけ?」
「<キザ>なんとかか・・」
 キザ・・もうほとんど本丸への最後の門を叩いている。微妙に違和感。あと一歩。ほんとあと一歩。
 オレンジジュースを取りに立ち上がった瞬間、閃光が頭を射ぬいた。
「<シブイ>?!」
「<シブイせんぱい>! そうそう、シブイせんぱい、シブセンだ!」
 眠っていたあいだにも、ふたりの頭の中で引き出しの開発はつづけられていたのだろう。目覚めたとき、ワイフに言われた。
「寝ながら声だして笑ってたよ」