やまゆりライン

 サイクリングロードの開拓のミッションが遂行され、小田原との初期関係構築で残すところはあとふたつとなった。
 たった今届いた朝刊によれば天気も良好。このまま徹夜して残るミッションを手がけてしまおうか。国土地理院発行の2万5千分の1の小田原地図を広げると、攻略済みのマークでほぼ埋まっている。
 南足柄広域農道、ダイナシティ、シティモールクレッセ、ヤマダ電機、ドライバーズスタンド、早川漁港、ビーバートザン、ダイソー、小田原百貨店、石垣山一夜城、真鶴、コスモ石油(小田原にはコスモ石油が少ない)・・どれもこの地図を片手にわくわくしながら乗りこんだランドマークたちだ。
 地図の右の方に目を向ける。密度の高い西側1000m級の等高線と異なり、300m級のなだらかな丘陵地帯が広がる中で、誘いかけるような魅惑的なロードラインが身をよじるように中井町を抜けて秦野市へとつづいている。ターンパイクを小ぶりにしたようなクロソイドカーブ。日本中のせこい広域農道を走りまくってきたバトルツアラーの経験が囁く。三ツ星。
 もっとも期待していただけに足を踏み入れるのが遅れたのかもしれない。ラインを指でなぞっていくと、見るたびに胸を熱くさせる文字列にあたった。
 やまゆりライン。
 うっとりしていると、いつの間にか眠ってしまった。
 
 午前中は機銃掃射のようなメールと電話に襲われた。会社の期末日でもある。
 気晴らしにバルコニーに立った。くわえ煙草でふとんと寝袋を干す。9月なかばすぎから、海の色がエメラルドを溶かしたような淡い色あいになっている。海の表情は、ほんとうに毎日違う。色や輝き、波やうねりといった要素だけでなく、伊豆大島、真鶴半島、はるか遠方に見えたり隠れたりする奇妙な形の山や島の影、それを遮る靄(もや)や海霧といった脇役たちが多彩な役を演じわける。
 特に早朝の海の表情はワイフのお気に入りだ。午前中は太陽の角度のせいだろう、ダイヤをちりばめたように何千もの光輝が海原を眩惑する。そしてそれらは午後にはきれいに消えて、あとは溶け残った絵の具だまりのような群青がどこまでも広がっている。
 午前11時半前。スウィミング用具をバックパックに背負い、TZR50Rのエンジンを呼びさました。やまゆりラインに向けてレーシングサウンドを奏でてすべりだす。原付で10分もかからず、やまゆりラインの起点近辺に着いた。ナタでを振り下ろすようにクラッチをスパッスパッとミートさせギヤを2段落とし、右折待ちのトラックの右側から抜け出て県道交差点をパッパラパララーと駆けあがり、もうやまゆりラインは目前、と思ったら、道路端に停まっている白のゴールドウィング1500のおっちゃんが、こっちをすごい形相で見るや、手を大きく上下させて速度を落とせと合図。すぐ先でネズミ捕りをやっていた。
 あとで追いついてきたゴールドウィングに感謝の合図。
「あぶないとこだったねぇ」
 と、おっちゃん。いっしょに、やまゆりラインに入った。
 1500CCのオートバイと原付オートバイのコンビが進む。まさかこのおっちゃんも、助けてやった原付パインパインのアンちゃんが、つい昨年には、おっちゃんのより大きい1800ccのゴールドウィングでごりんごりんやっていたとは思いもよらないだろう。
 やまゆりラインは抜け道として使うクルマが多いらしく、大型車も含めて交通量は多めだが、路面とコーナーの感じはまずまずよい。二輪車ツーリングマップルでオススメルートになっている県道を組み合わせて探査済みの南足柄広域農道を連結させれば、小一時間の小田原周回サーキットができそうだ。連結部分をもう少しブラッシュアップする必要はあるが、いずれは平日の夕方からでも、レザースーツでチョロっとDUCATIで散歩できるルートが組み上がるだろう。TZR50Rで種まきし、DUCATIで刈り取る。農耕の喜びである。
 この日は少し探索が過ぎて、1.5kmのスウィムを終えて家にもどると2時になっていた。デスクワーク再開。